数日後
港町
1
撮影スタッフ
——今日は屋外の撮影なので、
休憩中はロケバスを自由に使ってください
2
愛莉
わかりました
3
愛莉
あの……撮影準備が整うまで、
少しその辺を歩いてきてもいいですか?
4
撮影スタッフ
ええ、大丈夫ですよ!
機材の準備にまだまだ時間がかかるので
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愛莉
ありがとうございます
6
愛莉
(ここまで、何度もリテイクは出しちゃってるけど……
迷いなく演技できてる)
7
愛莉
(ちゃんと自分の中に、『ミチル』がいる感じがするわ)
8
愛莉
(今日は、山場の撮影……この調子で、頑張らなくちゃ)
9
愛莉
(——喧嘩別れをしてしまった、ミチルと夏生が
仲直りをするシーン……)
10
愛莉
(ミチルは……ううん、『わたし』は——)
11
愛莉
(夏生の本当の気持ちを知って、
仲直りできたことが嬉しくて……思わず涙がこぼれる)
12
愛莉
(それにつられるように、涙ぐんだ夏生と
抱き合って……ふたりは、本当の親友になるんだわ)
13
愛莉
(……原作を読んだ時、
このシーンが一番感動したのよね)
14
愛莉
(ドラマの中でも、
視聴者の期待はきっと大きいはず)
15
愛莉
(——絶対に決めないと!)
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真緒
——桃井さん
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愛莉
佐原さん……!
おはようございます
18
真緒
おはようございます
19
真緒
……今日、大丈夫そうですか。
泣くシーンがありますけど
20
愛莉
(……やっぱり、共演者としては不安になるわよね)
21
愛莉
はい。練習はしましたけど……
正直、本番できちんと泣けるかは、わかりません
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愛莉
ただ、なるべく目薬を使わずに済むように
ミチルが泣く前後のシーンだけ別撮りして、
編集で繋いでもらうことになっているので——
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愛莉
ロケの時間が許す限り、精一杯頑張ろうと思ってます
24
愛莉
(監督も本当は、臨場感のあるシーンのために
長回しで撮影したいだろうけど……)
25
愛莉
(もしミスをしたら、
シーン全体を撮り直すことになる)
26
愛莉
(だから——監督の判断は、妥当だと思うわ)
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真緒
……そうですか。
………………
28
撮影スタッフ
佐原さーん!
ヘアメイクするので、来てもらっていいですか?
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真緒
あ……わかりました。
それじゃあ、私はこれで
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愛莉
はい。また後で
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愛莉
(佐原さん、何か言いたそうにしてた気がしたけど……
気のせいかしら?)
数時間後
32
助監督
では、今のシーンもう一度撮っていきます!
33
助監督
シーン51、カット13——スタート!
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ミチル
『夏生ちゃん……』
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夏生
『…………』
36
愛莉
(……やっと、大事な友達と仲直りできた)
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愛莉
(嬉しくて、嬉しくて……涙を流すの……!)
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ミチル
『……っ、…………』
39
監督
——カット!
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愛莉
あ……
41
監督
うーん……。
やっぱり、ちょっと難しいかな
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愛莉
……すみません……
43
監督
いや、実際大変なんだよ。
嬉しさで涙を流すっていうのは
44
監督
人にもよるけど……
普通は、悲しくて泣くほうが気持ちを作りやすいと思うしね
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愛莉
(……これで、4回目のリテイク)
46
愛莉
(なのに……全然、良くなってる感じがしない)
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助監督
あの……
目薬の用意もありますけど、どうしますか?
48
監督
そうだな。
できれば、もう少し粘りたい気持ちもあるけど……
49
愛莉
…………っ
50
愛莉
(このプレッシャーの中で続けて、
ちゃんと泣けるのか……わからないわ)
51
愛莉
(でも……)
52
愛莉
(ちゃんと、役の——ミチルの気持ちになって、
涙を流したい)
53
愛莉
(けど……これ以上、現場に迷惑をかけるわけには……)
54
真緒
——諦めるんですか?
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愛莉
佐原さん……
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真緒
今日まで、どんなにリテイクが出ても……
ずっと食らいついてきたじゃないですか
57
真緒
なのに、ここで諦めるんですか?
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愛莉
それは……
59
KAITO
それなら——やらなきゃいけないことは、
もうわかってるんじゃないかな
60
愛莉
(……ドラマを観てる人に、最高の演技を届ける)
61
愛莉
(そのために、わたしにできることは——)
62
愛莉
あの——監督
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愛莉
一度だけ……このシーンの前から、
佐原さんと通しでやらせてもらえませんか?
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監督
えっ?
65
愛莉
力不足なうえに、こんなわがままを言って……
本当に申し訳ないと思っています
66
愛莉
けど、このシーンは今回の話の中でも
すごく大切なところだと思うので……
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愛莉
泣くまで気持ちを乗せるために、やってみたいんです
68
愛莉
どうか——一度だけ、お願いできないでしょうか!
69
監督
桃井さん……
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真緒
監督。私からも、お願いします
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真緒
桃井さんの言う通り、やってみてもらえないでしょうか
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監督
………………
73
監督
……たしかに、通しで感情に助走をつけるのはありか
74
監督
——わかった。
ふたりがそこまで言うなら、やってみよう
75
愛莉
……! ありがとうございます!
76
監督
ここでの撮影は、あと3カットか……。
あとどれくらい時間取れそう?
77
スタッフ
今日は別の場所で夕景の撮影もあるので、
それを考えると……このカットの長回しは、1回が限度かなと
78
監督
わかった。
——ふたりも、それでいいかな?
79
愛莉
——大丈夫です
80
真緒
私も、問題ありません
81
監督
わかった。
準備が整ったら、撮影を再開しよう
82
愛莉
ありがとうございます……!
最高の演技ができるように、頑張ります
83
スタッフ達
たしかに、桃井さんの演技は
ここ何日かでどんどんよくなってるし……
やってみる価値はあるよな
84
スタッフ達
ですね! 急いでスタンバイ終わらせちゃいましょう!
85
愛莉
(みんな……)
86
真緒
……私も、桃井さんを泣かせられるように頑張ります
87
愛莉
えっ?
88
真緒
桃井さんの気持ちを乗せられなければ、
私がそこまでの役者だったってことなので
89
真緒
だから——一緒に、頑張りましょう
90
愛莉
——はい! よろしくお願いします!
91
愛莉
(……わたしのわがままに、全員を付き合わせるのよ)
92
愛莉
(ここで最高の結果を出さなきゃ——
アイドル失格でしょ!)
93
愛莉
(やるのよ、わたし。
今までやってきたこと——全部をぶつけるの!)
94
ミチル
『夏生ちゃん……どうしてここに……?』
95
夏生
『あんたのこと探してたに決まってるでしょ!』
96
夏生
『って……ごめん。
アタシがこんな言い方するから、
あんたも余計、思ってること言えなくなるんだよね……』
97
ミチル
『……ううん、違うよ。
わたしは……』
98
ミチル
『……あのね、夏生ちゃんは忘れてるかもしれないけど。
わたし、前に夏生ちゃんに助けてもらったことがあるんだよ』
99
夏生
『え?』
100
ミチル
『……わたし、いつもおどおどしてて……
自分の意見もちゃんと言えなくて』
101
ミチル
『掃除当番とか、日直の仕事とか……
クラスの子に“代わってよ”って言われると、
ちゃんと断れなくて……いつも苦しかったんだ』
102
ミチル
『でもね、たまたま通りかかった夏生ちゃんが、
“人に押し付けるな”ってきっぱり言ってくれて……』
103
ミチル
『なんだか、救われた気がしたの』
104
夏生
『……何それ、全然覚えてない』
105
ミチル
『ふふ、夏生ちゃんはそうだよね。
でも……わたし、本当に嬉しかったんだよ』
106
ミチル
『夏生ちゃんが、あの時、わたしを助けてくれたみたいに……
おうちのことで悩んでる夏生ちゃんの、力になりたかったの』
107
ミチル
『でも……わたし、なんにもできなくて——』
108
夏生
『そんなことない!!』
109
夏生
『……変なカフェの店主に、言われたんだよ。
一緒に美味しいもの食べて、お茶飲んで——』
110
夏生
『そうやって一緒にいてくれる友達がいるなら、
何があっても大丈夫だって』
111
ミチル
『友達……』
112
夏生
『……アタシ、あんたの顔が思い浮かんだ』
113
夏生
『だから……これからも、たまにでいいから、話してよ』
114
ミチル
(嬉しい……)
115
ミチル
(わたし、ちょっとでも……夏生ちゃんの力に、なれてたんだ)
116
ミチル
(夏生ちゃんの、友達に——)
117
ミチル
『夏生ちゃん……』
118
ミチル
『……たまにじゃ、嫌だな』
119
夏生
『え?』
120
ミチル
『話したいことも、聞きたいことも……たくさんあるから』
121
ミチル
『だから……いっぱい、いっぱい話そうよ』
122
夏生
『ミチル……』
123
夏生
『——もう、泣かないでよ。
アタシが泣かせたみたいじゃん……っ、……』
124
監督
——カット!
125
愛莉
(……あ……)
126
愛莉
(本当だ……。わたし、泣いて……)
127
真緒
……どうでしたか? 監督
128
監督
最高だったよ!
今のシーンは、これでいこう!
129
愛莉
あ…………
130
真緒
やりましたね、桃井さん
131
愛莉
——はい!
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