数日後
港町
撮影スタッフ
——今日は屋外の撮影なので、
休憩中はロケバスを自由に使ってください
休憩中はロケバスを自由に使ってください
愛莉
わかりました
愛莉
あの……撮影準備が整うまで、
少しその辺を歩いてきてもいいですか?
少しその辺を歩いてきてもいいですか?
撮影スタッフ
ええ、大丈夫ですよ!
機材の準備にまだまだ時間がかかるので
機材の準備にまだまだ時間がかかるので
愛莉
ありがとうございます
愛莉
(ここまで、何度もリテイクは出しちゃってるけど……
迷いなく演技できてる)
迷いなく演技できてる)
愛莉
(ちゃんと自分の中に、『ミチル』がいる感じがするわ)
愛莉
(今日は、山場の撮影……この調子で、頑張らなくちゃ)
愛莉
(——喧嘩別れをしてしまった、ミチルと夏生が
仲直りをするシーン……)
仲直りをするシーン……)
愛莉
(ミチルは……ううん、『わたし』は——)
愛莉
(夏生の本当の気持ちを知って、
仲直りできたことが嬉しくて……思わず涙がこぼれる)
仲直りできたことが嬉しくて……思わず涙がこぼれる)
愛莉
(それにつられるように、涙ぐんだ夏生と
抱き合って……ふたりは、本当の親友になるんだわ)
抱き合って……ふたりは、本当の親友になるんだわ)
愛莉
(……原作を読んだ時、
このシーンが一番感動したのよね)
このシーンが一番感動したのよね)
愛莉
(ドラマの中でも、
視聴者の期待はきっと大きいはず)
視聴者の期待はきっと大きいはず)
愛莉
(——絶対に決めないと!)
真緒
——桃井さん
愛莉
佐原さん……!
おはようございます
おはようございます
真緒
おはようございます
真緒
……今日、大丈夫そうですか。
泣くシーンがありますけど
泣くシーンがありますけど
愛莉
(……やっぱり、共演者としては不安になるわよね)
愛莉
はい。練習はしましたけど……
正直、本番できちんと泣けるかは、わかりません
正直、本番できちんと泣けるかは、わかりません
愛莉
ただ、なるべく目薬を使わずに済むように
ミチルが泣く前後のシーンだけ別撮りして、
編集で繋いでもらうことになっているので——
ミチルが泣く前後のシーンだけ別撮りして、
編集で繋いでもらうことになっているので——
愛莉
ロケの時間が許す限り、精一杯頑張ろうと思ってます
愛莉
(監督も本当は、臨場感のあるシーンのために
長回しで撮影したいだろうけど……)
長回しで撮影したいだろうけど……)
愛莉
(もしミスをしたら、
シーン全体を撮り直すことになる)
シーン全体を撮り直すことになる)
愛莉
(だから——監督の判断は、妥当だと思うわ)
真緒
……そうですか。
………………
………………
撮影スタッフ
佐原さーん!
ヘアメイクするので、来てもらっていいですか?
ヘアメイクするので、来てもらっていいですか?
真緒
あ……わかりました。
それじゃあ、私はこれで
それじゃあ、私はこれで
愛莉
はい。また後で
愛莉
(佐原さん、何か言いたそうにしてた気がしたけど……
気のせいかしら?)
気のせいかしら?)
数時間後
助監督
では、今のシーンもう一度撮っていきます!
助監督
シーン51、カット13——スタート!
ミチル
『夏生ちゃん……』
夏生
『…………』
愛莉
(……やっと、大事な友達と仲直りできた)
愛莉
(嬉しくて、嬉しくて……涙を流すの……!)
ミチル
『……っ、…………』
監督
——カット!
愛莉
あ……
監督
うーん……。
やっぱり、ちょっと難しいかな
やっぱり、ちょっと難しいかな
愛莉
……すみません……
監督
いや、実際大変なんだよ。
嬉しさで涙を流すっていうのは
嬉しさで涙を流すっていうのは
監督
人にもよるけど……
普通は、悲しくて泣くほうが気持ちを作りやすいと思うしね
普通は、悲しくて泣くほうが気持ちを作りやすいと思うしね
愛莉
(……これで、4回目のリテイク)
愛莉
(なのに……全然、良くなってる感じがしない)
助監督
あの……
目薬の用意もありますけど、どうしますか?
目薬の用意もありますけど、どうしますか?
監督
そうだな。
できれば、もう少し粘りたい気持ちもあるけど……
できれば、もう少し粘りたい気持ちもあるけど……
愛莉
…………っ
愛莉
(このプレッシャーの中で続けて、
ちゃんと泣けるのか……わからないわ)
ちゃんと泣けるのか……わからないわ)
愛莉
(でも……)
愛莉
(ちゃんと、役の——ミチルの気持ちになって、
涙を流したい)
涙を流したい)
愛莉
(けど……これ以上、現場に迷惑をかけるわけには……)
真緒
——諦めるんですか?
愛莉
佐原さん……
真緒
今日まで、どんなにリテイクが出ても……
ずっと食らいついてきたじゃないですか
ずっと食らいついてきたじゃないですか
真緒
なのに、ここで諦めるんですか?
愛莉
それは……
KAITO
それなら——やらなきゃいけないことは、
もうわかってるんじゃないかな
もうわかってるんじゃないかな
愛莉
(……ドラマを観てる人に、最高の演技を届ける)
愛莉
(そのために、わたしにできることは——)
愛莉
あの——監督
愛莉
一度だけ……このシーンの前から、
佐原さんと通しでやらせてもらえませんか?
佐原さんと通しでやらせてもらえませんか?
監督
えっ?
愛莉
力不足なうえに、こんなわがままを言って……
本当に申し訳ないと思っています
本当に申し訳ないと思っています
愛莉
けど、このシーンは今回の話の中でも
すごく大切なところだと思うので……
すごく大切なところだと思うので……
愛莉
泣くまで気持ちを乗せるために、やってみたいんです
愛莉
どうか——一度だけ、お願いできないでしょうか!
監督
桃井さん……
真緒
監督。私からも、お願いします
真緒
桃井さんの言う通り、やってみてもらえないでしょうか
監督
………………
監督
……たしかに、通しで感情に助走をつけるのはありか
監督
——わかった。
ふたりがそこまで言うなら、やってみよう
ふたりがそこまで言うなら、やってみよう
愛莉
……! ありがとうございます!
監督
ここでの撮影は、あと3カットか……。
あとどれくらい時間取れそう?
あとどれくらい時間取れそう?
スタッフ
今日は別の場所で夕景の撮影もあるので、
それを考えると……このカットの長回しは、1回が限度かなと
それを考えると……このカットの長回しは、1回が限度かなと
監督
わかった。
——ふたりも、それでいいかな?
——ふたりも、それでいいかな?
愛莉
——大丈夫です
真緒
私も、問題ありません
監督
わかった。
準備が整ったら、撮影を再開しよう
準備が整ったら、撮影を再開しよう
愛莉
ありがとうございます……!
最高の演技ができるように、頑張ります
最高の演技ができるように、頑張ります
スタッフ達
たしかに、桃井さんの演技は
ここ何日かでどんどんよくなってるし……
やってみる価値はあるよな
ここ何日かでどんどんよくなってるし……
やってみる価値はあるよな
スタッフ達
ですね! 急いでスタンバイ終わらせちゃいましょう!
愛莉
(みんな……)
真緒
……私も、桃井さんを泣かせられるように頑張ります
愛莉
えっ?
真緒
桃井さんの気持ちを乗せられなければ、
私がそこまでの役者だったってことなので
私がそこまでの役者だったってことなので
真緒
だから——一緒に、頑張りましょう
愛莉
——はい! よろしくお願いします!
愛莉
(……わたしのわがままに、全員を付き合わせるのよ)
愛莉
(ここで最高の結果を出さなきゃ——
アイドル失格でしょ!)
アイドル失格でしょ!)
愛莉
(やるのよ、わたし。
今までやってきたこと——全部をぶつけるの!)
今までやってきたこと——全部をぶつけるの!)
ミチル
『夏生ちゃん……どうしてここに……?』
夏生
『あんたのこと探してたに決まってるでしょ!』
夏生
『って……ごめん。
アタシがこんな言い方するから、
あんたも余計、思ってること言えなくなるんだよね……』
アタシがこんな言い方するから、
あんたも余計、思ってること言えなくなるんだよね……』
ミチル
『……ううん、違うよ。
わたしは……』
わたしは……』
ミチル
『……あのね、夏生ちゃんは忘れてるかもしれないけど。
わたし、前に夏生ちゃんに助けてもらったことがあるんだよ』
わたし、前に夏生ちゃんに助けてもらったことがあるんだよ』
夏生
『え?』
ミチル
『……わたし、いつもおどおどしてて……
自分の意見もちゃんと言えなくて』
自分の意見もちゃんと言えなくて』
ミチル
『掃除当番とか、日直の仕事とか……
クラスの子に“代わってよ”って言われると、
ちゃんと断れなくて……いつも苦しかったんだ』
クラスの子に“代わってよ”って言われると、
ちゃんと断れなくて……いつも苦しかったんだ』
ミチル
『でもね、たまたま通りかかった夏生ちゃんが、
“人に押し付けるな”ってきっぱり言ってくれて……』
“人に押し付けるな”ってきっぱり言ってくれて……』
ミチル
『なんだか、救われた気がしたの』
夏生
『……何それ、全然覚えてない』
ミチル
『ふふ、夏生ちゃんはそうだよね。
でも……わたし、本当に嬉しかったんだよ』
でも……わたし、本当に嬉しかったんだよ』
ミチル
『夏生ちゃんが、あの時、わたしを助けてくれたみたいに……
おうちのことで悩んでる夏生ちゃんの、力になりたかったの』
おうちのことで悩んでる夏生ちゃんの、力になりたかったの』
ミチル
『でも……わたし、なんにもできなくて——』
夏生
『そんなことない!!』
夏生
『……変なカフェの店主に、言われたんだよ。
一緒に美味しいもの食べて、お茶飲んで——』
一緒に美味しいもの食べて、お茶飲んで——』
夏生
『そうやって一緒にいてくれる友達がいるなら、
何があっても大丈夫だって』
何があっても大丈夫だって』
ミチル
『友達……』
夏生
『……アタシ、あんたの顔が思い浮かんだ』
夏生
『だから……これからも、たまにでいいから、話してよ』
ミチル
(嬉しい……)
ミチル
(わたし、ちょっとでも……夏生ちゃんの力に、なれてたんだ)
ミチル
(夏生ちゃんの、友達に——)
ミチル
『夏生ちゃん……』
ミチル
『……たまにじゃ、嫌だな』
夏生
『え?』
ミチル
『話したいことも、聞きたいことも……たくさんあるから』
ミチル
『だから……いっぱい、いっぱい話そうよ』
夏生
『ミチル……』
夏生
『——もう、泣かないでよ。
アタシが泣かせたみたいじゃん……っ、……』
アタシが泣かせたみたいじゃん……っ、……』
監督
——カット!
愛莉
(……あ……)
愛莉
(本当だ……。わたし、泣いて……)
真緒
……どうでしたか? 監督
監督
最高だったよ!
今のシーンは、これでいこう!
今のシーンは、これでいこう!
愛莉
あ…………
真緒
やりましたね、桃井さん
愛莉
——はい!
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