司の部屋

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(……想像しろ)
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(ここは、階段の上だ。
そこには……母さん達が立っている)
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(オレは、その背中を押す)
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(背中を——)

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(背中を、押せ——!)
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…………っ
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……はぁ、はぁ、はぁ……
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(……これは、想像以上に負担が大きいな……)
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(しかし……生々しく想像したからこそ、
『大切だから殺したくない』という感情への解像度は
一歩上がった気がする)
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(この想像を繰り返すだけでも、
確かに深みのある演技になりそうだ)
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(……オレ達では、ここまでの発想はなかった。
さすが、榊さんだ)
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(ただ……)
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(やはり、殺意は持てない)
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(もちろん、母さん達を殺そうと思えるはずなどないが……
このままでは、課題の芝居は……)
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いや、繰り返しやっていけば、気持ちがついてくると言っていた。
それならば、数をこなすまでだ
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よし、もう一度……!

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司の声

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本日はご来場いただき、ありがとうございました!!
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えむ・寧々・類の声

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『ありがとうございました!!』

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今日も良かったぞ、お前達!
では、ここからは榊さんとの練習に向けて準備しなくてはな
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寧々

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うん。
結構体力的にキツいけど、やりきらなくっちゃね
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……以上です!
どうだったでしょうか?
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んー……まだまだだねえ
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忘れられる恐怖から怒りを持つところまではいけてるけど、
それだけかなあ
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う……
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そう、ですか……。
……もう一度、練り直してきます
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じゃあ次は……鳳さん、やってみる?
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えむ

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あ、はいっ……!

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今日は観客の反応がかなりよかったな
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……課題の芝居を経て、
みんなの感情がリアルになっているから、
それが反響につながっているのかもしれないね
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寧々

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たしかに……。
同じセリフなのに、掴みが全然違ったっていうか
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……ならこの調子で、
ラストシーンも良くしていかねばな……!
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えむ

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うん……
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……………………
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(今日の稽古も、堪えたな……)
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(……休みの日があるとはいえ、
公演と練習の繰り返しは、負担が大きい)

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(しかも、榊さんの課題は……心をすり減らす)
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(不安を膨らませて恐怖とし、
そこから更に殺意へつなげる。
言葉にすれば簡単だが——)
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(それを鮮明にイメージしようとすればするほど、
骨を削られるような……例えがたい苦しさがある……)
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(しかし、榊さんの練習をやるにつれて
演技の精度は上がって、観客の反応もよくなっている。
ならば——)
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えむ

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うー…………
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ん……?
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大丈夫か、えむ?
そういえば最近、元気がなさそうだが……
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えむ

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あ、司くん……
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えむ

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えっと……大丈夫なんだけど……
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な……!?
どうした!? 本当に大丈夫か……!?
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えむ

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……っ。だい、じょうぶ……だけど……
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えむ

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あたしが……、あたしが、お兄ちゃんや、お姉ちゃんをって
考えたら……

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えむ

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か……考えたら……っ
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えむ……
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……大丈夫だ!
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オレがついている!
あと一息、一緒にこの課題をやり遂げよう!
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えむ

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司くん……
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(……皆、これほどまでに頑張っているのだ)
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(辛いなどと思ってはいられん。
オレこそが、この苦しみと向き合わなければ)
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(この公演を、更なる成功に導くために……!)
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皆、共に頑張ろう!
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えむ

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……うん!
翌日

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——よろしくお願いします!
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うん。じゃあ5分の一人芝居、やってみようか
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(大切な人を殺す——)
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(もう何回やったのかわからないほどだが……
その度に、吐きそうなほど苦しくなる)
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(だがこれは、忘れ去られる恐怖から殺意を持った
ウィリアムを演じるためには避けて通れない道だ)
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(……イメージしろ)
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(……事実、家族は一度だけ、
オレのことを完全に忘れていたことがある)
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(あの時の出来事を思い出して——)
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……父さん?
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母さんも…………。
……どこに行ってたんだ?
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……忘れてた?
オレのことを?
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本当に……?
一度も……思い出さなかったのか……?
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(もっとだ……!
もっと怒りを膨らませろ……!)
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(そうすれば、衝動的に階段から——)
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——あんまり想像に頼りすぎちゃダメだよ
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…………!
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もっと——自分の感情を見て
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(自分の感情——)
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忘れられたと気づいた時、君は——どう感じた?
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何を思った?

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(…………っ、今のは…………)
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はい、そこまで
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え……!
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集中切れたでしょ
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あ……。
す、すみません……
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そのままやっても意味ないし、1回休憩しよっか
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(……不甲斐ない。
もう、公演終了まで時間もないというのに……)

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(しかし、今一瞬——)
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(いや、だがあれは一体…………)
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(やはり、天馬くんは思った通りの人間みたいだな)
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(正しくゆるぎない精神を持つ一方……
その性質ゆえに、
利己的な感情で揺らぐ人間の気持ちに没頭できない)
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(ただ——)
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(そんな正しすぎる人間、ちょっとヘンな気がするなあ?)
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(さっきの反応を見る限り、おそらく彼は——)
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……あの、榊さん
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ん?
ああ、どうしたの?
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その……すみません
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他に何か、アドバイスをいただけませんか
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不甲斐ない話なのですが……
どうしても、あと一歩を超えられないんです
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……さっき、榊さんの言葉で何か見えかけた気がするんですが……
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……そうだねえ……
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——記憶を再演してみるのはどうかな?
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え? 記憶の……再演?
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さっき、『感情を見て』と言った時、いい反応してたじゃん。
そこを掘り返したほうがいいと思ったんだ
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もしかしたら何か、発見があるかもしれないよ
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……ありがとうございます。やってみます
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