数日後
アークランド 空き部屋
1
ヘッドセットとパソコンは……うん、問題なさそうだ
2
あとは約束の時間まで待機かな
3
(原案と脚本が未完成の状態で、
講師からのアドバイスをもらうことはできるか……)
4
(駄目で元々というつもりで、
ワークショップの運営に相談してみたけれど。
こんなに早く対応してもらえるとは)
5
(それに、まさか……)
6
——時間だね
7
『本日は、お時間をいただきありがとうございます』
8
トム
『いいや。むしろ、相談を持ち掛けてくれて嬉しかったよ』
9
『……正直に言うと、驚きました。
あなたが、アドバイザーに立候補してくださったと聞いて』
10
トム
『現地に行けない分、
なるべく君達とコミュニケーションを取りたいからね』
11
トム
『それと……君が自己紹介の時に見せてくれたショー。
あれが印象に残っていたのもある』
12
トム
『送ってもらった原案と、
脚本の草稿も読ませてもらったよ』
13
トム
『多くの人を楽しませたい、笑顔にしたい。
そんな気持ちと同時に——』
14
トム
『君が、何かを乗り越えようと
必死にもがいているのが伝わってきた』
15
『……はい。
ワークショップに参加して、
自分の課題が何かがはっきりと見えました』
16
『今日、ご相談の時間をいただいたのは、
それを乗り越える手掛かりを見つけるためです』
17
『少し、長い話になりますが——』
18
トム
『……なるほど。
もっと深みのあるショーを作りたい、か』
19
『はい。先日、“グッバイ・ゴースト”の通し稽古を
見学させていただきました』
20
『比べること自体が
おこがましいのは承知の上ですが——』
21
『今の僕では、あそこまで人の心を
揺さぶるようなショーは作れない。そう痛感しました』
22
トム
『…………』
23
『あれから、演出方法や脚本の構成について
自分なりに分析して、取り入れられる部分があるか
どうかも検討してみました』
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『しかし結果は、参考作品を
切り貼りした歪なものにしかならなかった』
25
『何か考え方の方向性そのものに
誤りがあるのではないかと……そう思っています』
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トム
『それで、講師から客観的な意見を聞こうと思ったわけだね』
27
『はい。漠然とした質問になってしまい、
申し訳ないのですが……』
28
『もし、何か気づかれたことがあれば、
率直な意見を聞かせていただけませんか?』
29
トム
『……そうだね。
君の原案や脚本、演出が悪いものだとは思わない』
30
トム
『さっきも言った通り、
観客を楽しませようという想いが伝わってくるし、
それを実現するだけの技術も情熱もある』
31
トム
『ただ、それでも“足りない”“深みがない”と
君が感じるのであれば——』
32
トム
『必要なのは、君自身の感情や経験だと思う』
33
『僕自身の……ですか?』
34
トム
『ああ。君はいつも、どんなことを考えて
演出をしているんだい?』
35
『………………』
36
『——僕は昔、あなたがインタビューを受けている
映像を見たことがあります』
37
『“富める人、貧しい人、賢い人、愚かな人、
マジョリティ、マイノリティ——すべて関係ない”』
38
『“すべての人が、
共に笑い、泣き、怒り——”』
39
『“そうして見終わった瞬間には、
同じ感情でつながれる”』
40
『そういうショーを、ずっと目指してきました』
41
トム
『うん』
42
『ショーを作る際、一番に考えるのは
それを見終えた観客にどんな想いになってほしいかです』
43
『そのうえで、最も観客に響く演出は何か……』
44
『ショーを上演する場所や客層などから
題材を考えていくことが多いです』
45
トム
『なるほど。
君が一番に考えるのは、届けたい相手のことなんだね』
46
トム
『それ自体は、とても素晴らしいことだけれど……』
47
トム
『その過程で、自分自身を無意識に抑え込んではいないかい?』
48
『え……』
49
(自分自身を、抑え込む……?)
50
『どちらかといえば、僕は我が強い方だと思います』
51
『自分を曲げることができずに、
演出の仕方で周りと衝突することも多い』
52
『今所属している劇団に出会えるまでは、
ずっとひとりでショーをやり続けていました』
53
トム
『君が自分を曲げないのは、
より良いショーを作りたいからだろう?』
54
トム
『そして君が思う“良いショー”とは、
多くの観客に笑顔になってもらえるもののことだ』
55
トム
『つまり君は、演出において
必要以上に自分の感情を入れないようにしている』
56
トム
『そうすることで、誰もが共感できるショーを
生み出すことができるからね』
57
『…………』
58
トム
『もちろん、それが悪いわけではないよ。
むしろ演出家としては理想的な姿勢かもしれない』
59
トム
『ただ……時には、深い感情が必要なショーがある』
60
トム
『そんな時——ショーに深みを与えるのは、
演出家自身だと思うんだ』
61
トム
『想像や借りものではない、
自分の中から出てきた感情や経験』
62
トム
『勿論、やりすぎると単なる
自分語りになってしまうから注意が必要だけれど——』
63
トム
『自分でも触れるのを躊躇うほど、
生々しく強い感情や経験が……作品に深みを与える。
僕は、そう思っているんだ』
64
(……生々しいほど、強い感情や経験か)
65
幼い類
……ねえお母さん。
僕って、みんなと違うのかな?
66
幼い類
頑張って話しても、僕が楽しいって思うこと、
みんなに全然伝わらなくて……
67
幼い類
先生もクラスの子も、僕はみんなと違うって言うんだ
68
僕のアイディアを見て、『できたら面白いだろう』と言ってくれる
人も少しはいたんだ
69
でも、そういう人達すら、僕が新しいアイディアを持っていくと
段々煙たがるようになっていってね
70
そんなことを繰り返すうちに……、
気づいたらひとりになっていたんだ
71
(だけど——今回わかったことがひとつある)
72
(今僕は、自分で思う以上に、
みんなとショーをやっていたいんだ——)
73
(……そういったものなら、僕の中にもある)
74
(子供の頃に感じた孤独。
周りとうまくやっていけない無力感)
75
(ショーと、仲間と出会えた喜び。
そして、仲間と離れがたく思う葛藤。
そういったものが……たくさん)
76
(けれど——)
77
トム
『——何か、掴めないことがあるのかな?』
78
『いえ……仰ることはわかります。
ですが——』
79
『ひとつ、聞かせてください』
80
『あなたのショーにも……自分自身の感情や経験が
含まれていると思いますか?』
81
トム
『……そうだね。
にじみ出てしまっているところはあるんじゃないかな』
82
トム
『“グッバイ・ゴースト”の幽霊達には、
僕が今まで見送ってきた両親や、
友人達が紛れ込んでいる気がするしね』
83
トム
『どれも、他人に話すには少し重い話かもしれないけれど——』
84
トム
『彼らと過ごした日々や、貰ったものは、
今も舞台の上で生き続けている』
85
トム
『虚構ではあるけれど、嘘じゃない。
だからこそ、それを見た観客の心に、
何かを残せるんじゃないかな』
86
『そう、ですね——』
87
『……今までにも、自身の経験や感情を
ショーに反映させたことはあります』
88
『けれど、今の話を聞いて……
無意識のうちにブレーキをかけていたのかも
しれないと思いました』
89
『自分の生々しい感情を入れたショーが、
観客に受け入れられることはない、と』
90
『だから——踏み込むことができなかった』
91
『けれど……』
92
(……自分の中から出てくるものでしか、
深みのある作品は作れない。それなら……)
93
『自分自身をもっと解放して、そのうえでたくさんの人を
楽しませるショーを作ることを目指す……』
94
『難題ですが、挑戦のし甲斐がありそうですね』
95
トム
『ああ。
……どんなショーを見せてもらえるか、楽しみにしているよ』
96
(……おかげで、やるべきことは見えてきた。
ショーの中で何を描くべきなのかも)
97
(この感情は、ショーにするには
ドロドロとしすぎているかもしれないけれど——)
98
(やってみよう。
……自分の限界を、超えるために)
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