数日後
宮益坂女子学園 3年E組
1
(——今日は、みんなでお昼を食べながら
次の配信の打ち合わせね)
2
(この頃は忙しくて、
なかなか全員で集まれなかったから、楽しみだわ)
3
持っていくものは……お弁当、水筒とスマホ……
うん、忘れ物はないわね
4
——愛莉ちゃん!
5
愛莉
雫……?
6
今日はみんなで、屋上に集まる日だよね。
愛莉ちゃん、もう行ける?
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愛莉
屋上……
8
愛莉
えっと……
ごめんなさい。すぐ準備するから……
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……愛莉ちゃん、大丈夫?
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愛莉
え……?
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なんだか、いつもと違って……
元気がないように見えるの
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何か、私で力になれることはあるかしら?
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愛莉
——心配してくれてありがと。
でも、前に言ったでしょ?
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愛莉
しばらくは役作りのために、
『ミチル』の気持ちになって過ごすって
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あ……!
屋上
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——なるほど。
それで雫が勘違いしちゃったんだ
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ええ。
前に、愛莉ちゃんから説明してもらってたのに……
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みのり
雫ちゃんの気持ち、わかるよ!
愛莉ちゃんが元気じゃなかったら、わたしも心配になるもん!
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愛莉
そうなると思ったから、事前に説明したのよ
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でも、初めて聞いた時は驚いたな。
愛莉が、日常生活の中で役作りをするって
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愛莉
まあね。……前に、天馬くんから
アドバイスをもらったことがあるのよ
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愛莉
自分と全然タイプの違う役を演じる時、
どうやって役を掴んでいったらいいのか、って
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愛莉
その中で、今のわたしに一番向いてそうな方法を
やってみることにしたの
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本当にすごいわ。
話し方も仕草も、いつもとは全然違うんだもの
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愛莉
日常生活の全部を、『ミチルならどうするか』って
考えながら過ごしてるのよ
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愛莉
話し方も、表情も、振る舞い方も全部ね
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みのり
ひょえ……!
そこまで考えなきゃいけないんだ……!
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でも……
それだと、ずっと気が休まることがないんじゃないかしら
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愛莉
んー……。
でも、不思議とつらくはないのよ。
少しずつだけど、手ごたえも出てきてるし
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愛莉
それに、もっと早くやっておくべきだったって思うわ
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みのり
もっと早くに……?
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愛莉
——今までも、役の気持ちについては
真剣に考えてきたし、自分なりに理解したつもりだったわ
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愛莉
でも……やっぱりそれは、表面的なものだったのよね。
だから監督にも、『桃井愛莉の演じるミチル』になってるって
言われたんだと思うの
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愛莉
性格が違えば、ちょっとした振る舞いも
ガラッと変わるはずで——
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愛莉
手の動きだったり、視線の動かし方だったり、
話し出すタイミングも……ひとつひとつ挙げると、
キリがないくらい
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愛莉
それを全部、想像だけで再現できるほどの
才能もテクニックも、わたしにはないわ!
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愛莉
ちゃんと役の気持ちを深くまで理解して、
そこに自分を重ねていくしかない——
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愛莉
そう覚悟が決まったから、この方法を試すことにしたの
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愛莉ちゃん……
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愛莉
これで、他の出演者の演技に近づけるって保証はないけど……
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愛莉
でも、泥臭くてもなんでも、わたしには
こういう体当たりの方法が一番合ってる気がするのよね
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愛莉
——今までだって、ずっとずっとそうだったもの
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……そうだね。
愛莉は変に考えすぎたり、ひねったりせずに
正面からぶつかった方がいいと思う
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愛莉
あら?
なんだか含みを感じるセリフねえ
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ふふ、褒めたつもりだったんだけどな
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私も、遥ちゃんと同じ気持ちよ
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愛莉
え……雫まで?
48
ええ
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愛莉ちゃんは、いつだってまっすぐで——
キラキラ輝いているもの!
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愛莉
……単に不器用なだけよ
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愛莉
さっきの雫みたいに、演技の練習で
みんなを驚かせちゃったりするかもだし
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みのり
気にしなくていいよ、愛莉ちゃん!
わたし達も応援するし、役のまま過ごしても大丈夫!
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みのり
あ……でも、疲れちゃったときは
いつもの愛莉ちゃんに戻ってね?
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そうだね。あんまり愛莉がずっと大人しいと、
それはそれで寂しいし
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愛莉
——ありがとう。甘えさせてもらうわ
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愛莉
あ! でも配信についての話し合いは、
ビシバシ意見を出すわよ!
演技するのはその後からね
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みのり
はーい!
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じゃあ早速、ミーティングを始めようか
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愛莉
(こんなに応援してもらえるなんて……本当にありがたいわね)
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愛莉
(ここまで、みんなに背中を押してもらったんだもの。
——絶対に、最高の結果を叩き出してみせるわ!)
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愛莉
(人がたくさんいる廊下……
ミチルなら、きっと端の方を歩くわよね)
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愛莉
(誰かと目が合わないように、視線も落として……
こんな感じかしら?)
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愛莉
——あら。
あのお店のブラウス、かわいいわね
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愛莉
(試着してみたいけど、店員さんに話しかけられたら、
うまく答えられないかも……)
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愛莉
(……こういう時、ミチルなら
きっと遠くから見るだけにするわよね)
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愛莉
(ミチルは……部屋にひとりでいると、
ほっとするんでしょうね)
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愛莉
(でも……きっと、寂しい気持ちもあって……)
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愛莉
……うん。少しずつだけど、掴めてきた気がするわ
ドラマ撮影 当日
撮影スタジオ
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スタッフA
佐原さん、入られます!
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真緒
おはようございます
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スタッフ達
『おはようございます!』
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スタッフB
今日からよろしくお願いしますね!
セッティングもう少しかかるので、
良ければそこの椅子にどうぞ
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真緒
はい。あ……
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愛莉
『夏生ちゃん、また何かあったのかな……。
わたしに何ができるだろう』——
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真緒
…………
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ミチル
『ねえ、待って。夏生ちゃん……!』
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夏生
『うるさいな。ついてこないでよ』
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ミチル
『でも……っ』
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夏生
『——あんたと話してると、イライラする!!』
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夏生
『いっつもビクビクおどおどして、
他人の顔色うかがって……!』
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夏生
『いつまで友達面してるつもり!?』
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ミチル
『あ…………』
83
監督
——カット!
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監督
ミチルのリアクションがまだちょっとオーバーすぎるかな
85
監督
もっと目の演技を意識して、もう1回やってみよう
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愛莉
はい……!
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撮影スタッフA
わ……まだやり直すんですね。
今の演技、結構いい線いってたと思うんですけど
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撮影スタッフB
やっぱり、他の演者と一緒に映ると
どうしても見比べられるしね
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撮影スタッフB
でも……桃井さん、想像以上に根性あるな。
リテイク重ねても、集中が全然切れないし……
慣れてないと、かなり疲労が溜まるはずだけど
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真緒
……ここまで、やるんだ
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